自治行政について

大卒の上級職試験で合格した職員が実際に管理職の地位に昇進しやすいことは否定できないのですが・・・


あらかじめ、いわゆるエリート・コースが定まっているわけでなく、採用後の経歴、能力発揮、努力、人柄等、総合的な評価で昇任が決定されるのが普通です。


また筆記・面接試験をともなう「選考」方式で昇任管理を行っている自治体の場合は、入所何年という一定の条件はあっても、原則は職員のだれでも、選考試験をうけることができます。


その点で、国よりはるかに開放的なしくみになっています。


もともと、新規の場合は、ほとんど行政のド素人を採用するのであるから、採用時点ですでに将来の幹部の地位(本省庁課長以上)を事実上約束するのは、良い意味で能力と意欲と責任感にあふれる職員の育成には役立つでしょう。


しかし、一つの賭でもあり、しかも、それ以外の職員の昇進ルートを事実上ほとんど閉ざしてしまっている点でも大きな問題があります。


採用後の仕事振りをみて、広く職員から管理職者を登用していく自治体の方式には、一種のまどろっこさはつきまとってはいますが・・・


採用試験時から身分差をもちこんでいる国の方式とは違った人材発見の点でよさがあるといえます。


第二は、第一の点に関連して、だれが制度上の採用者であるかに違いがあることです。


「自閉症」について 8

全国の幼稚園の障害児保育の調査によると全国100万人の園児のうち100分の1の1万人がいわゆる障害児という調査結果が出ていますが、そのうちで約3分の1が自閉的問題児です。


ずいぶん多いようでもありますが、これはおそらく大部分が、病気としての自閉症ではなくて、自閉的傾向のある行動を示す幼児なのです。


自閉的傾向という言葉にも多少問題がありますが、典型的な自閉症ではなくて、それに似た行動特性を示すものが、大部分であると考えたほうが良いのです。


「自閉症」の原因とかその治療については現在では世界的に研究が進められていて、いろいろの研究結果が出ています。


結論的には現在わからないところが多くて、意見が1致していないために、まだ研究途上にあると言ったほうが良いでしょう。


そのようなこまかな点についてお話をするのには、小児の精神医学や異常心理学、発達などに関する沢山の基礎知識が必要であり、中途半端なことを申し上げると誤解をひきおこすことになりますから今日はそのことに言及しないことにします。


そこで、問題をむしろ一般的な社会のことに限定して、いわゆる自閉的傾向を助長している要因は何か、というお話をしてみたいと思います。

「自閉症」について 7

とにかくコミュニケーションをつけることが学校教育の第1のステップですから、社会性、人間関係に問題にのある自閉症児は、他の精薄児や情緒障害児とは異なった困難をかかえているということになります。


今までお話ししたことはおそらく皆様方はすでにたびたび体験しておられるかもしれないし、また自分で実際扱わなくても、同僚の教師の話題としてだいたい知っておられることでしょう。


私がここでくどいようにお話ししたのは、いちおう問題点を整理して、なぜこのような現象が起きてきたのかということを考えてみるためです。


まず「自閉症」はかならずしも「自閉症」ではないということです。


どういう意味でしょうか。


「自閉症」をもし病気であると考えるなら、この病気は、実はそれほどわれわれが感じているほど多いものではないのです。


世界的な規模での調査で約1万人の子どもに1人ぐらいの出現頻度なのです。


ひとつの学校に20人も30人もいるわけではないのです。

「自閉症」について 6

このような困難な5年から6年にわたる歴史を持って、学校に入ってくるのですから、1年生を取り扱う先生はたいへんです。


長い間1対1の個人指導やいわゆる「心理治療」「カウンセリング」を受けてきたとしても、学校での集団に適応できるかどうかは別問題です。


学級集団のなかできわめて変わった動作や行動をする子どもがひとりでもいては、他の子どもが目うつりするし、第1教師がやりぎれません。


学級参観で父兄が沢山いるところでは、ことには目立ちます。


おちっき無さが他の子どもにも波及します。


教師は1対1の治療をしているカウンセラーとはちがって、学級をひとつの単位として指導せねばならない立場ですから、普通学級ではとてもこの子どもの面倒はみられないということになります。


それでは特殊学級ではどうか、というと、ここでも問題があります。

「自閉症」について 5

その子どもなりの論理があるらしいので、おとなが、われわれの社会の約束事をひとつひとつ教えこんでいく上に、きわめて大きな障壁をつくっているようにみえます。


多動とか落ちつかない……といっても、このような奇妙な精神構造の上に立った行動であるために、われわれ自身が頭をかかえてしまうわけです。


このような動作は、家庭内でも早くから問題にされます。


世界保健機関(WHO)という世界的規模で保健を考えている組織での定義では、今のような行動特性をもった子どもで生後30ヵ月以前すでにその芽生えが見られるもの、とされていますから、乳幼児期に問題が現れてきます。


両親ともに高学歴、知識人という条件のそろっていることが多いので、当然親はいろいろと悩み、教育に心を配ります。


同時に情報化社会のなかでは、自閉症に関する書物や、記事はまるで洪水のように世間に満ちあふれています。


なんとかしたい、どうにもならない、自分が悪い、いや子どもがもともと素質を持っているのだと論議が盛んに行われます。

「自閉症」について 4

わがままで、単に自分かってな子どもは、手こずらせますけれども、2回、3回としかり、注意し、その子どもの身になって理解してやるならば、それなりに従順になるでしょう。


知恵遅れの子どもは、何回言いきかせても、同じ失敗や、ききわけのないことをしでかしますが、それでも、知能相当のところに立って、単純な動作をくり返させることによってある程度、おとなしくなりましょう。


しかし、自閉症の子どもは、その子どもの「身になって理解する」ことがきわめてむずかしいのです。


なぜ、ひとつの行為をするのにあらかじめ手を3回たたいたうえでなけれぽはじめられないのでしょうか。


きまった儀式をしてからでなければエンジンがかからないのでしょうか。


わかっているらしいのに、同じ失敗をし、言葉が通じないのでしょうか。


要するに、さきに言った「足で歩き」「頭で考える」というわれわれの常識が通用しないのです。


まるで、人間の形をしたロボットや火星人が目の前に出現したような、当惑ともどかしさと、不気味さとをわれわれに感じさせるのです。

「自閉症」について 3

奇妙な子ども、変わった子ども、ではあっても特にレッテルをはることはしませんでした。


そのひとつの理由は、自閉症研究が進んでいなかったこともありましょう。


幼稚園や学校で問題にしていなかったということも同時にあったかもしれません。


このような子どもたちは多くなったのでしょうか。


もし多くなったのなら、その原因は何でしょうか。


その問題に進む前に、われわれの子どもの問題のしかたをすこし考えてみましょう。


われわれはまず「困った子ども」「迷惑になる子ども」を問題にします。


逆に言うなら、ほうっておいてもまわりに迷惑をかけない子どものほうはあまり問題にしません。


その点では「自閉症」は問題にされる資格を十分に持っているようです。


まず、「言うことをききません」。

ごみ問題と住民

ごみの問題にはいろいろあります。


ごみの収集が有料化されるようになったのはここ最近の話ですが、ここにいたるまでにはさまざまな問題がありました。


問題を解決するのが困難な場合には、自治体のごみ処理経費そのものは、従来どおり一般財源(税金)でまかなう仕組みを続けることとした方がいいでしょう。


手数料による収入は、ごみ処理経費に当てることはしないで、基金とし、プールしておくことにするのです。


そして、それを住民の、あるいは住民と行政サイドが協力して行うさまざまなごみ、リサイクルトナーを利用するなどのたリサイクル、環境、あるいはアメニティ関連の活動や事業を支える資金として全額還元することにしてはどうでしょうか。


私には、思い切って住民投票を実施してみるのも、興味あるアプローチの1つだと思われます。


最終決定は長と議会が行うにしても、事前に住民が十分な時間と情報が得られるもとでこのような投票を試みれば、住民のごみ問題への関心はいっきに高まるでしょう。


そうなれば議論もあちこちで見られ、その結果いつのまにか硬直化した通念や、利害関係が打破される可能性も出てくると思うのです。

「自閉症」について 2

記憶力が良くて、数字をいじくることが好きで、電器器具や機械器具をいじらせるといつまでもそれにこだわっていたずらをやめない。


それでいてほかのおとながやらせようとすると、まったく乗ってこないで、独り遊ひに熱中する。


ほかの子どもとは協同の遊びをしない。


くり返しの動作が多い。


ことばは独り言ばかりで、また相手のことばをくり返して言う反響言語ばかりで、自発的に会話をすることはほとんどない。


それでいて知能は良いのか悪いのかわからない。


……こうした3~4歳児はごくまれにみられます。


今でいう自閉症児です。


しかしこのころには、このような子どもには自閉症などという名はつけなかったものです。

「自閉症」について

自閉症児とはひとことでいうなら、「さか立をして歩いている子ども」とでもいうと当たっているのではないでしょうか。


普通われわれはだれでも足で歩くものです。


頭で物を考えるものです。


ところが、それが逆になっている子どもがいるようです。


しかも、それがごくまれなのではなくて、実は現代の多くの子どもの実態ではないのでしょうか。


ずいぶん、おかしなことを言う……と思われるかもしれません。


小児の精神衛生相談所を開設したころには、「自閉症」の子どもはごくまれだったそうです。


しかし全然無かったわけではありません。